松方弘樹の死因・脳リンパ腫の真相|壮絶な最期と遺された名作

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松方弘樹の死因・脳リンパ腫の真相|壮絶な最期と遺された名作
松方弘樹の死因・脳リンパ腫の真相|壮絶な最期と遺された名作
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🎵 松方弘樹の死因・脳リンパ腫の真相|壮絶な最期と遺された名作

松方 弘樹 死因として公表された「脳リンパ腫」という診断名は、日本中を駆け巡り、多くの映画ファンに深い衝撃を与えた。スクリーンで見せたあの豪放磊落な笑顔、マグロの一本釣りに挑むエネルギッシュな姿。常に生を燃やし尽くすように生きた大スターの命を突然奪い去った病魔の正体は何だったのか。

昭和から平成にかけて銀幕を支配した昭和最後の巨星の訃報から時が経った現在でも、松方 弘樹 死因の背景にあった過酷な闘病のプロセスや、彼が病床で最期まで失わなかった映画人としての矜持に光を当てる声は絶えない。銀幕の裏で繰り広げられた壮絶な日々と、彼が遺した計り知れない熱量を紐解いていく。

名優を襲った「脳リンパ腫」とは?判明した病状と闘病のタイムライン

松方弘樹を襲った「原発性脳リンパ腫」は、脳の組織内に悪性リンパ腫(白血球の一種であるリンパ球ががん化する病気)が発生する極めて稀で進行の早い疾患だ。一般的に年間10万人あたり数人程度しか発症しない難治性の病であり、発症初期には頭痛や手足のしびれ、視覚異常、ろれつが回らないといった脳神経症状が現れる。

異変が起きたのは2016年2月のことだった。手足のしびれや言語の違和感を訴えて東京都内の病院へ緊急入院。医師団の綿密な検査によって下された診断が「脳リンパ腫」だった。出演予定だった舞台や長期公演を急遽降板し、即座に抗がん剤投与と放射線治療を組み合わせた集中的な治療プログラムに入ることとなった。

一時は腫瘍が小さくなるなど劇的な改善の兆しも見られ、本人は関係者に対して「必ず元気になって現場に戻る」と復帰への強い執念を燃やしていたという。しかし、脳という極めて繊細な器官での闘いは想像を絶する過酷さだった。治療の長期化に伴い体力は徐々に奪われ、脳梗塞の併発など病状の一進一退が続くこととなった。

壮絶を極めた闘病生活の真相と家族・盟友が見守った最期の様子

病室での生活はおよそ1年近くに及んだ。かつて頑丈無比を誇った肉体は抗がん剤治療の過酷さに耐え忍び、体重も大きく減少していたが、松方弘樹は弱音を吐くことを決して許さなかった。病室に見舞いに訪れたわずかな関係者に対しても、常に笑顔を見せようと努めていたというエピソードは、彼の徹底したプロフェッショナリズムを物語る。

最期の瞬間、病室には近しい家族が集い、静かにその時を待った。2017年1月21日、74歳で永眠。壮絶な闘病の末の旅立ちだったが、その死に顔は苦痛から解き放たれ、どこまでも穏やかだったと伝えられている。

訃報を受けた盟友・梅宮辰夫は、テレビカメラの前で大粒の涙を流し言葉を詰まらせた。「辰っちゃん」「弘樹」と呼び合い、公私にわたって半世紀以上を共に歩んだ兄弟分を失った喪失感は計り知れなかった。梅宮が見せた涙は、昭和という激動の映画黄金期を共に走り抜けた戦友への、何よりの鎮魂歌であった。

父・近衛十四郎の血を受け継ぎ東映の黄金期を牽引した足跡

松方 弘樹 死因

松方弘樹を語る上で欠かせないのが、戦前・戦後を代表する名剣客スターである父・近衛十四郎の存在だ。卓越した殺陣の技術と重厚な存在感を誇った父の背中を見て育った彼は、10代で映画界へと飛び込んだ。

1960年、東映に入社し華々しくデビュー。当初は正統派の時代劇スターとして期待され、父譲りの見事な太刀筋と若々しい気風の良さで瞬く間に頭角を現した。しかし、時代劇の斜陽化とともに映画界は大きな変革期を迎える。松方は自らの殻を破るため、美男子のイメージを脱ぎ捨て、より生々しく泥臭い役柄へと自らを投じていく。

その貪欲な役者魂が、やがて日本映画史を塗り替える巨大なムーブメントへと結実していくこととなる。

『仁義なき戦い』から『修羅の群れ』へ!日本映画界に刻んだ怪演

1970年代、東映が放った実録路線と呼ばれる任侠映画の金字塔『仁義なき戦い』シリーズにおいて、松方弘樹の放った熱量は凄まじかった。第一作で演じた坂井鉄也役の獰猛なまでの野心と狂気、そしてシリーズ屈指の人気キャラクターである市ノ瀬泰造役で見せた情愛と無情のドラマは、観客の脳裏に焼き付いて離れない。

さらに1984年の大作『修羅の群れ』では、戦後ヤクザ社会の頂点へと駆け上がる主人公・稲原龍二を熱演。豪胆さと繊細さを併せ持つカリスマを見事に演じ切り、日本映画界における唯一無二のポジションを不動のものとした。

松方が体現した任侠映画の男たちは、単なる暴力の徒ではなく、理不尽な組織の論理に翻弄されながらも己の美学を貫く人間臭さに満ちていた。だからこそ、時代を超えて観る者の心を揺さぶり続けるのだ。

お茶の間を虜にした『遠山の金さん』と昭和・平成の大スター像

スクリーンでの狂気と迫力の一方で、テレビ界においても国民的な人気を獲得した。その代表格が、NET(現テレビ朝日)系で放送された時代劇『遠山の金さん』だ。遊び人の金さんとしての飄々とした軽妙さと、お白洲で桜吹雪の刺青を披露した際に見せる圧倒的な威厳のギャップは、老若男女を熱狂させた。

バラエティ番組で見せた気さくで豪快なキャラクターや、毎年恒例となっていた巨大マグロの一本釣り特番など、彼の生き方そのものがエンターテインメントだった。どれほど大スターになっても決して敷居を高くせず、関わるすべての人を喜ばせようとするサービス精神。それは昭和・平成という時代が生んだ、まさに最後の「大衆のヒーロー」だった。

今こそ観たい伝説的名作たち!東映オンデマンドやNetflixでの再評価

デジタル配信が主流となった現在、松方弘樹が遺した膨大なフィルムは新たな世代の映画ファンへと届き始めている。東映オンデマンドをはじめ、Netflixなどのストリーミングプラットフォームでは、彼の代表作が手軽に鑑賞可能となり、国内外で再評価の機運が高まっている。

激動の昭和を駆け抜け、平成のエンタメ界を牽引し、最期まで役者であり続けた男。彼が遺した作品群を観ることは、スクリーンからほとばしる人間の剥き出しのエネルギーに触れることに他ならない。肉体は滅びようとも、彼がフィルムに刻み込んだ不屈の魂と圧倒的な色気は、決して色褪せることなく輝き続けている。 (出典: 松方 弘樹 死因(Yahoo!ニュース)